MESSAGE

文化は外交の下僕ではない

2015年10月20日

今日は一日取材もなくオフだったので、パリの蚤の市などをぶらぶらと歩きながらふと考えてみました。こうやって自分が監督した映画を持って異国の地を訪れ映画祭や公開へ向けてのプレミア上映会に参加するのは、果たして「文化外交」なのだろうか、と。
普段あまり考えないそんなことをしたのは先日「『日本の美』総合プロジェクト懇談会」という壮大なネーミングの有識者会議の会合が開かれたというニュースに触れたからです。
首相はこの席上で「国際社会での存在感を高めていくため日本の文化芸術の魅力を発信する文化外交を積極的に展開していくことが必要だ」と述べた、と報じられていました。

2020年に開催予定の東京オリンピック招致へ向けたキャッチコピーに、「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ」というのがありました。あれを読んだ時に感じた違和感はそもそもオリンピックというのはスポーツという文化のために私たちに何が出来るのか?をまず第1に考える場であるはずなのに(少なくとも建前は)、スポーツが私たちに何をしてくれるのか?という、身もふたもない本音を堂々と謳ってしまっている下品さにありました。

誰が書いた原稿なのかは知りませんが、今回のこの「文化外交」発言にも僕は同様の違和感というか嫌悪感を抱かざるを得ませんでした(まぁ、今回の話題の中心はどうやら伝統文化で、映画に直接言及されているわけではないようですが)。
この発言を読み直して一番引っかかったのは目的として記されている「存在感を高める」主語は果たして何なのか?ということです。文脈上これは明らかに「文化」ではなく「日本」です。もしくは「国家」か「私」。

スポーツ同様、芸術も「文化」であるならば、それらは決して「政治」の下僕ではありません。政治目的のために文化を利用することを外交と呼ぶのであれば、そんなものに関わりたいとは思いません。(まあ、関われとも言われないでしょうけど。)
というかですね、国益の下僕となった文化を本当の意味で文化と呼んで良いのかどうか、僕にはためらいがあります。文化を、科学も含めて考えるとわかりやすいと思いますが、その時々の政府にとって文化が都合の良いものではない場合もあるはずです。少なくともそんな政府の思惑などとは無縁な「真実」を追求するのが文化の普遍的な価値なのではないですか?その価値に国益を優先させようとするのは文化の矮小化に他なりません。
例えば、国際映画祭という場所において、そこに参加した作り手たちは、それぞれが所属する国籍はひとまずおいておいて、みなが映画という世界の住人になります。ナショナリズムとは無縁の共有感、一体感こそが祭りの本質なのです。強いて言えば映画という素晴らしい文化の下僕になるのです。(その原理主義に若干の違和を感じながらも、建前としては僕も下僕として振る舞います。)
もちろん、そこには時として、開催国がその場を国威発揚の場としてとらえようとする意図がチラつく瞬間がないわけではありません。しかし、その空間を自国の文化のみを宣伝し、セールスする場としようとするような態度は、軽蔑の対象にしかならないということは肝に銘じておくべきだと思います。少なくとも真の「交流」はそのようなつつましやかな場でしか成立しないものだと思います。

僕はパリに自分が監督した映画を携えて来ています。
映画は純粋なアートではなく商品でもあるので、局面によっては僕自身がセールスマンとして振る舞うこともあり得ます。それでも「コンテンツ」とは呼びませんが、ビジネスではあります。
この街で公開されて、お客さんが沢山来てくれれば、それはもちろん僕の収入(利益)につながり、やがては多少なりとも「国益」につながるのでしょう。しかし、それはあくまで結果であって目的ではありません。
そして、映画をもうひとつの側面、「文化」としてとらえた場合最も優先的に考えなければならないのは、映画は僕に何をもたらしてくれるか?ではなく、僕が映画に対して何が出来るか?です。つまり「国益」よりも僕の利益よりも「映画益」を優先させる価値観です。それこそが映画を文化として考えるということだと思います。
ですから、もし「外交」という言葉の主語が「国」であり、その価値観が「国益」から離れないのであれば、そもそも「文化」とは両立し得ない。「文化外交」という言葉に対して感じた違和感はそこにあるのだろうと思います。

僕はキレイごとを言ってるわけでも、建前を述べているのでもありません。そのような考え方を教えてくれたのは、こうやって世界を回りながら出会った同じ価値観を共有している「映画人」たちとの交流です。
映画の豊かさと自由は、そのような映画を尊敬する人たちの努力によって支えられて来たのであり、僕もそのひとりでありたいと思っているのです。

そのような「文化」のとらえ方が、目先の国益を最優先にしないだけで「反日」のレッテルを貼られてしまうようなこの国で果して可能なのかどうか。
提言は来年6月だそうです。

是枝裕和