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藤原さんのこと

2016年5月28日

『海よりもまだ深く』。公開して1週間が過ぎましたが、沢山のお客さんが映画館に足を運んでくれていて、監督としては嬉しい限りです。特に昼間は年配の方々で客席が埋まっていて終始!笑いやため息に包まれているそうで、これはなるべく早く、僕も映画館でお客さんと一緒に観賞しなければ、と思っています。

さて。公開にあたり、残念だったことがひとつだけあります。この映画にプロデューサーのひとりとして名を連ねているAOI Pro.の元社長、藤原次彦さんのことです。藤原さんとは、もう随分昔になりますが、「モノより思い出」というキャッチフレーズのニッサンセレナのコマーシャルシリーズをご一緒しました。撮影はホンマタカシさん。楽しい仕事でした。それがご縁でその後もずっと懇意にしていただいていました。コマーシャルの仕事の人間関係は一回限りで終わることも多いのですが、何故か藤原さんとそのスタッフの方々とはその後も仲良くというか、ご飯を食べに行ったりという関係が続きました。藤原さんは、45歳までに社長になると公言し、実際44歳で社長になってしまった有言実行の人でした。絵に描いたような業界人でしたが、なんだか、一緒にいると楽しく、頼もしい。嘘のない人でした。大学時代は映画青年だったらしく、きちんと映画の制作に参加をしたい、と、会社に呼ばれて話をしたのがもう3年ほど前になるでしょうか。エンドロールに自分の名前がクレジットされてるのを銀座の映画館で観るのが今から楽しみだ、と、話していた笑顔は今も鮮明に覚えています。
その時話したのが僕の『海よりもまだ深く』と秋に公開になる西川美和監督の『永い言い訳』でした。
撮影現場に美味しいコーヒーマシーンとジェラート屋さんを車ごと差し入れてくれるという太っ腹なところを見せ、現場は大盛り上がりでした。恐らく作品の完成を1番心待ちにしていたひとりだと思うのですが、昨年2月に急逝。残念ながらご自身の名前をスクリーンで見ることはかないませんでした。完成披露にもカンヌのレッドカーペットにも、もちろん藤原さんの姿はありませんでしたが、このふたつの映画の種を一緒に蒔いてくれたのは紛れもなく藤原さんでした。
この場を借りて、改めて感謝の気持ちをお伝えし、ご冥福をお祈りしたいと思います。

是枝裕和