スタッフ日記
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熟年夫婦とお風呂のお湯における考察
2007年8月14日   文 : 砂田麻美
写真 : 飯塚美穂

今日、樹木希林さん演じる母・としこが、
医師を引退して毎日が日曜日である原田芳雄さん演じる父・恭平の居ない所で
こんな台詞を吐いていた。
「毎日お風呂入らなくていいのよ、一日中ボーっとしてるんだから」
夫より、お湯の減りのほうが気になるらしい。
この夫婦、顔をあわせれば終始いがみあっている。
どうみても長年連れ添った「夫婦愛」が漂う空気感ではないのだが、
彼らが今更別れるようにも、そこに「家族愛」が無いようにも見受けられない。

幼い頃、私の両親も喧嘩ばかりしていた。
あんまりしつこいので、ある日私はホームビデオで夫婦喧嘩を撮影してみることにした。
始めは気付かれないように扉の影に隠れながら撮影したりしていたのだが、
怒っている人はカメラを近づけても気付かないものなのか、
徐々に距離を縮めることに成功した。
“編集”などという大人なことは小学生の私には到底無理なので、真剣勝負のぶっつけ
本番である。
最初はふてくされた父の顔、無言で抗議をする母の顔、と交互に撮影していたのだが、
次第にこの二人の顔の間に自分が怒られていると勘違いして怯え切った
飼い犬のコロの表情なんかをインサートすると、ぐっと味が出る事にも気付いた。
そんな感じで、ある時期から両親の喧嘩は私にとって格好のエンターテイメントと
なったのだった。
それもこれも、当時の私は両親がどんなに喧嘩しようとも、家族が崩壊するイメージだけは
不思議と持っていなかったからなのかもしれないと今では思う。子供とは、本来そういう風に
出来ているのかもしれないけれど・・・。
そしてあいも変わらず、我が両親は結婚30年をとうに過ぎた今も高校生顔負けの喧嘩を
繰り広げている。この映画に登場する夫婦そっくりだ。
血のつながらない他人と「家族」になっていても、
絶えず家族であり続けるかどうかの選択権がある。
そう仲が悪くなくても別れる二人がいたり、
史上最悪に仲が悪くても死ぬまで連れ添う二人もいる。
そういう、意思とか状況だけではどうにもならない人間関係のあり様を、
人は「縁」と呼ぶのだろうか?
であるとすれば、そういう「縁」を無意識の内に受け入れていく事こそ、
歳を重ねるという事なのかなと、今日撮影中に考えた。

ちなみに先に述べた両親の喧嘩映像は、成人を過ぎた頃、親戚と集った新年会で
上映してみた。兄弟や親戚にはすこぶる評判がよかったが、当の本人達は
表情ひとつ変えず終始無言であった。
こういうテーマはドキュメンタリーでなくフィクションで表現するに限ると悟ったのは、
それから更に何年かを経た時の事である。


 

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