スタッフ日記
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透けていて
2007年7月6日   文 : 砂田麻美
写真 : 飯塚美穂
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今回からスタートしました、6月下旬公開予定の是枝監督最新作「歩いても 歩いても」のスタッフ日記。
この日記を書いてくれたのは撮影中にビジコンを担当した砂田麻美さん。

彼女は是枝監督のアシスタントとして撮影準備から編集までをサポートし、この作品ができあがるまでをみつめてきたスタッフの一人です。
この作品が彼女にとってはじめて経験する是枝組の撮影現場。
そんな彼女の視点から是枝監督の日々の思索、また撮影現場の空気をお伝えします。

是枝監督の意外(?)な素顔も満載でお送りするスタッフ日記。
「歩いても 歩いても」がどんな映画なのか想像しながらお楽しみ下さい。
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「どうも僕の母親のイメージと違うんですよ・・・」と是枝監督は言った。
衣裳の黒澤和子さんが、「いまどきの若い母親はこんなものですよ、監督」
とアドバイスしている。

今日は、キャストの衣裳と小道具の打合せ。
スタッフが大量の洋服や靴・鞄を用意して、役者さんに
実際身につけてもらいながら監督の指示を仰ぐ。
さつきと睦、二人の子供の母親役であるYOUさんは
部屋の角に用意された更衣室を出たり入ったりしながら
いくつもの洋服をとっかえひっかえ着替えては、
監督の顔を覗き込んでいる。
けれど監督は一向に首を縦にふらない。
どうやら、監督のイメージする「小学生の母」と若干ずれがあるらしい。
用意された他の候補から
「こっちのほうがいいかな・・・」「これはちょっと違うかな・・・」
と監督は少々悩み始めている。

数時間前、衣装合わせが始まった時もそうだった。
是枝裕和監督は、寝起きのような顔つきで背中を少し丸めながら
音も立てず打合せ会場に現れた。
「俺が監督だ!よろしく!!」的なテンションは全く見受けられない。
むしろその逆で、言わば微妙に・・・テンションが低い。
まだ何も起きていないのに、既に何かに悩んでいるように見えなくもない。
けれど、そこに居る誰もがそれを当然といった感じで受け入れている様子をみると、
これこそが是枝監督の姿なんだろうか?

「これのほうがいいかな・・・」
監督はまだ小さく悩んでいる。
それをじっと黙って聞いていたYOUさんが、とうとう口を開いた。
「ていうか、監督透けてる服が好きなんだ!」
YOUさん、鋭い。

ところで今回私は、この映画において「ビジコン担当」という仕事を仰せつかった。
その仕事は、撮影中に監督が映像をチェックする為のモニターをカット毎にセッティングし、
その映像を収録して、撮影終わりに毎日行われる編集作業をアシストすることである。

遡ること6年前。
学生サークルの講演会にゲストとして来て下さった初対面の是枝監督に私が発した言葉は、
「監督はなぜあの人物を描こうとしたのですか?」とか、
「彼女のあの時の行動を、監督はどのように解釈して描いたのですか?」
と言った類いの質問ではなく、
「どうしたら助監督になれるんでしょうか?」
という何とも間の抜けた質問だった。
当時、自意識過剰な観点から不必要にシャイガールだった私は
「どうしたら」と「助監督になれるんでしょうか?」の間に
「是枝監督の」という言葉をインサートする事が出来なかったのだが・・・。
その後、長い月日を経て「縁」という一言で片付けるのはもったいない程の
幸運な巡り合わせから是枝監督の作品に携わることになったのは、
今からほんの1ヶ月前の事だ。
けれども、是枝作品に参加することはもちろん、この「ビジコン担当」として働く事も
私にとっては初めての経験だ。
少々の、いやそれなりの不安が胸を突き上げる。
まあ、今更心配しても仕方無いか。
過去の是枝作品から私が抱いていた断片的かつ勝手な想像をあれやこれやと重ねながら
この夏、是枝ワールドを目一杯堪能するとしよう。

まだまだ、時間はたっぷりある。


 

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