messages - 『誰も知らない』 に寄せて
黒柳  徹子 (女優・ユニセフ親善大使)
電車の中でスーツケースを持ってゴトゴト揺られていた少年が、あんな人生を生きてたなんて、想像もつきませんでした。
 例え母親に捨てられても、子どもたちは母親を慕い、信じて生きているんです。おとなが気がつかない、誰も知らない世界で、子ども達は、じっと生きているんですね。希望を持って、前向きで。
 ユニセフ親善大使として私がアフリカや、他の国で出会う苦しみの中にある子どもたちも、親やまわりの大人を心から信じています。小さい子はどんなことがあっても、おとなを疑わないのです。そんな目でじっと私をみつめます。こういう子どもたちを大人は裏切ってはいけないのだと、そのたびに思います。
 この映画の子どもたちは、ほんとうに人を信じる愛らしい表情をしています。どうしてあんなに自然な演技ができるのでしょうか。おそらく、出演した子どもたちが、一緒に演技する兄弟姉妹を、ほんとうの兄弟姉妹とおなじように信じているからでしょう。是枝監督は一年半も、あの子たちとおつきあいしたんですってね。子どもたちをあそこまで自然な役者に育てあげた是枝演出に心からの拍手を!
 子どもを演出するってホントにむずかしいと思います。人の心を見すかすフシギな能力を子どもが持っているからです。子どもの目に反射するおとなの姿が実はほんとうのおとなの姿だったりするんです。
 長男の明君の眼は、ホントにきれいで、人の心を見抜く目でした。ドキドキする視線です。
 アッバス・キアロスタミ監督の映画の中にみた子どもの目、小栗康平監督の映画の中に見た子どもの目、そして是枝裕和監督の映画『誰も知らない』の中の子どもの目。みんな私の胸に強く焼きついています。
 「おとなはそんな子どもの視線をまっすぐに見返すことができるでしょうか」、それがこの映画の残してくれたメッセージではないかと思います。私たちだって、昔は、ああいう目も心も持っていたのに…。私は試写室でただただ涙がいっぱいになって、泣きながら生き残った子どもたちを見つめていました。電車の中でスーツケースを持つ少年の手をそっと、撫でてあげたくなる映画です。

close
Copyright 2004-2008 『誰も知らない』 製作委員会
All rights reserved.